北朝鮮ミサイル危機に思うこと
2013.4.30ある少女の祈り
2013.8.30 大学受験予備校の東進ハイスクールのコマーシャルの中で、林修先生の発した言葉が大変なブームを引き起こしています。
「じゃ、いつやるか?今でしょ!」
高校生に対する、塾への誘いの言葉ですが、いつの間にか、人に行動を促すために、色々な所で使われるようになっています。「もたもたせずに、やるべきことを今すぐ、実行しなさい」というような意味になるかと思いますが、私たちは人生の中で、度々、そのような助言を必要としていると言えるかも知れません。
先日、インターネットで「人生の冬期」という記事を読みました。人生の冬季とは、つまり高齢期のことですが、冬期に突入した人間は、様々な衰えを覚える中で、出来なくなることが多くなります。そこで、「若い時に、まだ元気だったうちに、ああすればよかった、こうすればよかった」という後悔の念に駆られる、というのです。筆者の結論は、「やりたいことがあれば、今、出来るうちに、やりなさい」ということです。まさ、「じゃ、いつやるか?今でしょ!」と同じ進言です。
聖書にも、似たような教えがあります。
「神は言われます。『わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』確かに、今は恵みの時、今は救いの日です」(2コリント6章2節)。
時々、「クリスチャンになるのは、死ぬ直前が良い」と話す人がいます。確かに、キリストと共に十字架につけられた強盗のように(ルカの福音書23章39―43節参照)、土壇場になって悔い改めるケースもありますが、強盗の場合、たまたまキリストに初めて出会ったのは死ぬ直前で、彼はそのチャンスを逃しませんでした。一方、何度も福音を聞いておきながら、「後で信じよう」と思って、信仰の決心を後伸ばしにしている人は、危険な賭けをしていると言わざるを得ません。突然の事故や、急に襲った病気(心筋梗塞など)によって命を落とすこともあります。死ぬ前に、じっくりと自分と神との関係について考える時間があるとは限らないのです。また、救いを受ける決心を後伸ばしにすればするほど、心がマヒして、やがて救いの招きに応じられなくなってしまう可能性もあるのです。ですから、聖書が述べているように、私たちは今、信じるべきです。
また、次のような聖句もあります。
「あなたの手に善を行なう力があるとき、求める者に、それを拒むな。あなたに財産があるときに、あなたの隣人に向かい、『去って、また来なさい。あす、あげよう』と言うな。」(箴言3章27―28節)。
人のために、何かしてあげたいと思っているのに、なかなか、その思いを実行に移さないことが何と多いことでしょうか。勿論、いくらでも言い訳ができるでしょう。疲れているとか、時間がないとか、恥ずかしいとか、誤解されてしまうかも知れないとかいうようなことですが、あれこれ考えているうちに、チャンスがなくなってしまうことがあります。
今、出来るうちに、家族の者に、「感謝しているよ」、「愛しているよ」と言葉をかけましょう。困っている人に、助けの手を差し伸べましょう。悩む者の叫びに、真摯に耳を傾けましょう。こうして、人生の冬期に、悔いのないようにしましょう。