1818年のクリスマス・イブのことでした。ドイツのオーベンドルフという小さな町で、人々はいそいそとクリスマスを迎えるための準備をしていました。教会においても、クリスマス礼拝の用意が整えつつありましたが、突然、思わぬことが起きました。教会のオルガンが故障して、音が全く出なくなってしまったのです。そして、更に具合の悪いことに、オーベンドルフはその数日前から、吹雪のため、町を出たり入ったりできない状態が続いていたし、またオーベンドルフには、オルガンを修理できる人は一人もいませんでした。困り果てたオルガニストは、牧師に事情を話しました。そして、「 先生、音楽のないクリスマスなど、考えられないことです。何とか、オルガンなしで歌えるクリスマスの歌を作っていただけないでしょうか」と、必死にお願いしたのです。承知した牧師は書斎に入って、クリスマスに関するみことばを読み始めました。すると、ルカによる福音書2章11節が特に、彼の心に響きました。
「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」
牧師は、夜遅くまで、この箇所を何度も思い巡らしました。そして、救い主がお生まれになったという素晴しい真理に心をとらえられた牧師は、クリスマスの話に関する一つの詩を書き始めたのです。クリスマスの日の朝、牧師の書いた詩をもらって、オルガニストは早速、メロディをつけました。人々は、礼拝のために、既に教会に集まり始めていました。その中に、ギターが弾けるという人が一人いたので、急いでその人にメロディを教えて、彼の伴奏で新しい歌を歌うことになりました。最初から大ヒットでした。間もなく、アメリカにも伝わり、今では、ほとんどすべての国の言葉に翻訳されて、全世界で歌われているクリスマス・キャロルです。初めは、「天からのしらべ」というタイトルで歌われていましたが、現在のタイトルは、「きよしこの夜」です。
クリスマスの良きおとずれは、一千年、二千年たっても、人々に感動を与え、希望を与え、本当の平安や喜びを与えてくれるものです。それは、救い主が生まれたという話こそ、人間のもっとも深いニーズに応える話だからです。
今、日本の色々な所で、クリスマスを祝うための準備がなされていますが、ほとんどの人は、クリスマスの雰囲気を楽しんでいるだけで、その本当の意味が分かりません。楽しいプレゼント交換をしますが、それで本当の意味で幸せになる訳ではありません。クリスマス・ケーキや特別のごちそうを食べて、おなかがいっぱいになることがあっても、心が満ち足りることはありません。ホテルの華やかなパーティーで「きよしこの夜」を歌いますが、心の中は、それによって聖くはならないのです。クリスマスは、救い主イエス・キリストがお生まれになったことを覚え、お祝いする日です。そのことを認識している人だけが、クリスマスの真の喜びにあずかることができるのです。