お母さん、神様の肌は何色?
2012.2.16何も思い煩うな
2012.2.16数カ月前のことですが、テレビのニュースを見ていたら、平均年齢60歳という女性たちによって構成されたチアー・ガールのグループが紹介されていました。みんな、ミニスカートを履いて、踊ったり、大きな声で地元のフットボールのチームを応援したりしていましたが、「六〇代の女性にも色々な生き方があるんだなー」と思いました。彼女たちは、恐らく、チアー・ガールとしての活躍の中で、生き甲斐を感じていたのでしょう。
「私は何のために生きているのだろう。」
これは、多くの中年女性が悩むことだと思われます。20代から40代にかけて、子育てなどで忙しくて、さほど深刻に考えることはないかも知れませんが、子供が大きくなって、巣立って行くと、何か別 の生き甲斐が必要になります。
また、もう一つ、中年の女性の悩みの種になる問題があります。つまり、年を取って、以前の外面 的な美しさが薄れて来るので、自分で自分がいやになってしまう、自分に対して不健全なイメージを持ってしまうということです。しかし、女性はどのように、この「中年の危機」と呼ばれている問題を乗り越えることができるのでしょうか。聖書の中に、一つの大切なヒントがあります。
「同じように女も、つつましい身なりで、控えめに慎み深く身を飾り、はでな髪の形とか、金や真珠や高価な衣服によってではなく、むしろ、神を敬うと言っている女にふさわしく、良い行ないを自分の飾りとしなさい」( テモテ二章九~十節)。
ここで、神が女性のために計画してくださった人生が要約されています。それはつまり、良い行いに富んだ人生です。自分に与えられた才能・賜物・財産を、人のために、神のために用いることです。どんな小さな奉仕でも、かまいません。
カルカッタの聖女と呼ばれていたマザー・テレサは、かつてこんな言葉を語りました。 「小さな仕事は、誰もやりたがらないという理由で、それを避けてはなりません。事実、小さすぎる仕事というものはないのです。私たち自身が小さいために、それらの仕事を小さく見てしまうのです。偉大な神は、それらの仕事の価値をご存じです。目の見えない人のために代筆をすること、苦しんでいる人の相談相手になること、手紙を郵便ポストに入れてあげること、これらの仕事は、小さな仕事に見えます。しかし、そのようなへりくだった場に、私たちは自分を置くべきです。大きなことをする人はたくさんいますが、小さなことをする人は少ないからです。私たちのする小さなことが、それを受ける人々に重大なメッセージを伝えてくれるのです。私たちが彼らを愛していることと、必要な時には、私たちはいつでもそばにいるということを。」
このような生き方に挑戦する女性は、どんなに年を取っても、充実した毎日を送ることができます。また、外面 的な美しさが薄れても、魅力的な女性でいられるのです。