災難の中の幸い
2020.5.10意外な者を用いられる神
2020.10.12「天に財を積んだ経済人」として知られる森村市左衛門がいます。
1839年に生まれた森村氏は、日米貿易の開拓者で、1876年に創設した貿易会社、森村組が現在の森村商事です。また彼は、関連会社であるTOTO、日本ガイシ、INAX、ノリタケカンパニー、日本特殊陶業などを包含する「森村グループ」の創業者でもあります。彼はこうして、偉大な実業者として名を挙げ、一代で巨大な富を手に入れました。しかし、それにもかかわらず、自分にもし成功談があるとすれば、「キリスト様を信じて救われ、永遠の命を得たこと、これ以外にはない」と断言したのです。森村氏がイエス・キリストに出会ったのは、1913年、つまり彼が73歳の時のことでした。そのきっかけを、次のように説明しています。
「私は、これまで心がけてきた仏教や儒教では不十分なることを悟り、社会の廓清(今まで積もり積もった悪いことを、すっかりはらい清めること)と同胞の救済とのために断然、宗旨更えを敢えてし、基督教を信ずるに至った。」
このように、森村氏は富や名誉の追及に虚しさを覚え、日本社会の改良、また同胞の救いのために生きる者に変えられたのです。「人生は真剣」という小文の中に、彼は次のような言葉を残しています。
「天地は神の造り給うた美しい舞台である。この上で演ぜられるべきものは、その舞台に相応した真剣で心をこめた劇でなくてはならぬ。人間の小刀細工のいい加減なごまかしは駄目である。」
確かに、この世は、神が私たちのために備えてくださった舞台であると言えます。そして、私たちは神のドラマの中で、一生懸命に与えられた役を演じるべきですが、最も大事なことは、神の脚本に従うことです。神のみこころを行なうことです。別の言い方をすれば、観客よりも神の視線の方を意識する生き方に努めることです。森村は長年、自分で自分の人生の脚本を書き、その通りに生きました。しかし、73歳になって、神の備えてくださった別の脚本があることに気付きました。それは、自分のために蓄えるストーリーではなく、惜しみなく人に与えるストーリーであり、まさに、「天に財を積む」生き方だったのです。
「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです」(マタイの福音書 6章19-21節)
コロナウイルス禍の中で、自分の生き方を振り返る方や、地上に財を積む人生に虚しさを覚えている方が多いのではないでしょうか。今こそ、自分の脚本から、創造者なる神の脚本に切り替えるチャンスです。「わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください」(ルカの福音書22章42節)と祈れば、必ず、人生が大きく変わります。あなたも、天に財を積む人になるのです。